月曜日のこと・・・
だから8月9日お昼ごろのこと。
日本に住む姉とチャットしていたんですね~。
おばあちゃんの3回忌で
今お寺さんに来ているよ~とのこと。
ちょうど今お経をあげてくださっているということで
(ていうかお姉ちゃんよ、
お経上げてくださってるときに
チャットしてたのかよ?!(笑))
私もリモートだけど参加しようということで
合掌した写真を送りました。
そして、それをおばあちゃんの写真に向けて
一緒に参加させてくれた~💗
オーストラリアも実質国境が閉じてしまい、
今や日本になかなか行けないご時世ですが
こうした形でも、離れていても、
参加できるというのは嬉しいことです。
その後お姉ちゃんからメッセージが。
「不思議なことが起こったよ💗」と。
お経をあげていただいて、
さぁお部屋を出ましょうと、
ふすまを開けようとしたその瞬間、
ウゥゥゥーーーーーーーーー🔊
と、町のサイレンが鳴ったそうです。
午前11時02分。
そうです。
1945年8月9日に、
長崎に原爆が落とされた時間。
そのサイレンの後、
お寺の皆さんと一緒に、
犠牲となられた方々への追悼の黙祷をしたと。
奇しくもおばあちゃんは
長崎県生まれだったんですよね。
だから、このタイミングで
長崎の原爆のサイレンが鳴った。。。
そして立ち止まらされ、
そこにいる人々を一つに繋いだ。。。。
亡くなったおばあちゃんの存在を改めて想いながら。。。
ということはなんだかとても
意味があるような気がしてね。
私たちがどこにいても
そしてこの次元じゃなくても、
生きていても肉体をもう脱ぎ捨てていても・・・
全ての繋がるべきことは繋がっているんだなぁと思い
「なんか離れててもいろいろ繋がってる感じ💗」
とお姉ちゃんに一行返信を送ったら
「そう💗いろんな気づきとか祈ることの大切さとか😊」
と返ってきて、
その瞬間私もヒュ~ンとお姉ちゃんの元へ
飛んで行って一緒に歩いている・・・そんな気持ちになった。
本当のところ「場所」とか「どこにいる」というのは大した問題ではなくて、実は意識レベル、魂レベルでは私たちはいつでも好きな所に飛んでいける気がする。
(とはいえ、日本に実際に帰ったりすることが出来る日はもちろん待ち遠しいし別格なのだが!😆笑)
唯物論や物質社会の価値観では、目に見える物や存在というものが第一に来て、それにコントロールされてしまいがちだけれど、本来人間の一番大事なコアはそこじゃなくて魂の部分なのだということを忘れないでいたい。
そして、亡くした大事な人がいたとしても、なんかね肉体を脱ぎ捨てたら以前よりもずっと近くで、しかもいつでも見守ってくれていると思うから、いなくなった時はやはり悲しいしさみしいけれど、また新しいより近い関係が始まる・・・そんな風に感じています😊💗🙏
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